| 《古事记》上卷·第二章(古日语·现代日语·汉语对照) |
| 发表时间:2008-1-3 15:30:00 点击:
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於是欲相見其妹伊邪那美命 追往黄泉國 爾自殿騰戸出向之時 伊邪那岐命語詔之 愛我那邇妹命 吾與汝所作之國未作竟 故可還 爾伊邪那美命答白 悔哉 不速來 吾者爲黄泉戸喫 然愛我那勢命【那勢二字以音 下效此】入來坐之事恐 故欲還 且與黄泉神相論 莫視我 如此白而 還入其殿内之間 甚久難待 故刺左之御美豆良【三字以音下效此】湯津津間櫛之男柱一箇取闕而 燭一火 入見之時 宇士多加禮許呂呂岐弖【此十字以音】 於頭者大雷居 於胸者火雷居 於腹者黑雷居 於陰者拆雷居 於左手者若雷居 於右手者土雷居 於左足者鳴雷居 於右足者伏雷居 并八雷神成居
於是伊邪那岐命見畏而 逃還之時 其妹伊邪那美命言 令見辱吾 即遣豫母都志許賣【此六字以音】令追 爾伊邪那岐命取黑御 投棄 乃生蒲子 是 食之間逃行猶追 亦刺其右御美豆良之湯津津間櫛引闕而投棄 乃生笋等 是拔食之間逃行 且後者 於其八雷神 副千五百之黄泉軍 令追 爾拔所御佩之十拳劍而 於後手布伎都都【此四字以音】逃來 猶追 到黄泉比良【此二字以音】坂之坂本時 取在其坂本桃子三箇持撃者 悉 返也 爾伊邪那岐命告桃子 汝如助吾 於葦原中國所有宇都志伎【此四字以音】青人草之落苦瀬而 患惚時 可助告 賜名號意富加牟豆美命【自意至美以音】
最後其妹伊邪那美命 身自追來焉 爾千引石 引塞其黄泉比良坂 其石置中 各對立而 度事戸之時 伊邪那美命言 愛我那勢命 爲如此者 汝國之人草 一日絞殺千頭 爾伊邪那岐命詔 愛我那邇妹命 汝爲然者 吾一日立千五百産屋 是以一日必千人死 一日必千五百人生也 故號其伊邪那美神命謂黄泉津大神 亦云以其追斯伎斯【此三字以音】而 號道敷大神 亦所塞其黄泉坂之石者 號道反大神 亦謂塞坐黄泉戸大神 故其所謂黄泉比良坂者 今謂出雲國之伊賦夜坂也
是以伊邪那伎大神詔 吾者到於伊那志許米上志許米岐【此九字以音】穢國而在祁理【此二字以音】故吾者爲御身之禊而 到坐竺紫日向之橘小門之阿波岐【此三字以音】原而 禊祓也
故於投棄御杖所成神名 衝立船戸神 次於投棄御帶所成神名 道之長乳齒神 次於投棄御嚢所成神名 時量師神 次於投棄御衣所成神名 和豆良比能宇斯能神【此神名以音】 次於投棄御褌所成神名 道俣神 次於投棄御冠所成神名 飽咋之宇斯能神【自宇以下三字以音】 次於投棄左御手之手纒所成神名 奧疎神【訓奧云淤伎下效此訓疎云奢加留下效此】 次奧津那藝佐毘古神【自那以下五字以音下效此】 次奧津甲斐辨羅神【自甲以下四字以音下效此】 次於投棄右御手之手纒所成神名 邊疎神 次邊津那藝佐毘古神 次邊津甲斐辨羅神 右件自船戸神以下 邊津甲斐辨羅 神以前十二神者 因脱著身之物所生神也
於是詔之 上瀬者瀬速 下瀬者瀬弱而 初於中瀬堕迦豆伎而滌時 所成坐神名 八十禍津日神【訓禍云摩賀 下效此】 次大禍津日神 此二神者 所到其穢繁國之時 因汚垢而 所成神之者也 次爲直其禍而所成神名 神直毘神【毘字以音 下效此】 次大直毘神 次伊豆能賣【并三神也伊以下四字以音】 次於水底滌時 所成神名 底津綿上津見神 次底筒之男命 於中滌時 所成神名 中津綿上津見神 次中筒之男命 於水上滌時 所成神名 上津綿上津見神【訓上云宇閇】 次上筒之男命 此三柱綿津見神者 阿曇連等之祖神伊都久神也【伊以三字以音 下效此】 故阿曇連等者 其綿津見神之子 宇都志日金拆命之子孫也【宇都志三字以音】 其底筒之男命 中筒之男命 上筒之男命三柱神者 墨江之三前大神也 於是洗左御目時 所成神名 天照大御神 次洗右御目時 所成神名 月讀命 次洗御鼻時 所成神名 建速須佐之男命【須佐二字以音】 右件八十禍津日神以下 速須佐之男命以前 十四柱神者 因滌御身所 生者也
此時伊邪那伎命大歡喜詔 吾者生生子而 於生終得三貴子 即其御頚珠之玉緒母由良邇【此四字以音 下效此】取由良迦志而 賜天照大御神而詔之 汝命者 所知高天原矣 事依而賜也 故其御頚珠名謂御倉板擧之神【訓板擧云多那】 次詔月讀命 汝命者 所知夜之食國矣 事依也【訓食云袁須】 次詔建速須佐之男命 汝命者所知海原矣 事依也
故各隨依賜之命 所知看之中 速須佐之男命 不治所命之國而 八拳須至于心前啼伊佐知伎也【自伊下四字以音 下效此】 其泣状者 青山如枯山泣枯 河海者悉泣乾 是以惡神之音 如狹蝿皆滿 萬物之妖悉發 故伊邪那岐大御神 詔速須佐之男命 何由以汝 不治所事依之國而 哭伊佐知流 爾答白 僕者欲罷妣國根之堅州國故哭 爾伊邪那岐大御神大忿怒 詔然者汝不可住此國 乃神夜良比爾夜良比賜也【自夜以下七字以音】 故其伊邪那岐大神者 坐淡海之多賀也 ——————————————
是に其の妹伊邪那美の命を相見んと欲(おも)いて、黄泉(よみ)の國に追い往きき。 爾くして殿の騰戸(さしど)より出で向う時に、伊邪那岐の命、語りて、「愛しき我が那邇妹(なにも)の命、吾と汝と作れる國、未だ作り竟(おわ)らず。 故、還る可し」と、詔りき。 爾くして伊邪那美の命答えて白さく、「悔しき哉。 速(と)く來まさずて。 吾は黄泉戸喫(よもつへぐい)しつ。 然れども愛しき我が那勢(なせ)の命【那勢の二字は音を以ちてす。下、此に效え】入り來坐せる事恐(かしこ)し。 故、還らんと欲(おも)う。 且(しまら)く黄泉神(よもつかみ)と相論(あげつら)わん。 我を視ること莫(なか)れ」。 此の如く白して、其の殿内(とのうち)に還り入る間、甚(いと)久しくして待ち難し。 故、左の御美豆良(みみづら)【三字は音を以ちてす。下、此に效え】に刺せる湯津津間櫛(ゆつつまぐし)の男柱(おばしら)一箇(ひとつ)を取り闕(か)きて、一火(ひとつび)燭(とも)して入りて見る時に、宇(う)士(ぢ)多(た)加(か)禮(れ)許(こ)呂(ろ)呂(ろ)岐(き)弖(て)【此の十字は音を以ちてす】、頭には大雷(おおいかづち)居り、胸には火雷(ほのいかづち)居り、腹には黑雷(くろいかづち)居り、陰(ほと)には拆雷(さくいかづち)居り、左手には若雷(わかいかづち)居り、右手には土雷(つちいかづち)居り、左足には鳴雷(なるいかづち)居り、右足には伏雷(ふしいかづち)居り、并せて八くさの雷(いかづち)の神成り居りき。
是に伊邪那岐の命、見畏(みかしこ)みて逃げ還る時、其の妹伊邪那美の命、「吾に辱見せつ」と言いて、即ち豫母都志許賣(よもつしこめ)【此の六字は音を以ちてす】を遣して追わしめき。 爾くして伊邪那岐の命、黑き御 (みかづら)を取りて投げ棄つるに、蒲子(えびかづらのみ)生りき。 是を (ひろ)いて食(は)む間に逃げ行くを、猶(な)お追う。 また、其の右の御美豆良(みみづら)に刺せる湯津津間櫛(ゆつつまぐし)を引き闕きて投げ棄つるに、笋(たかむな)生りき。 是を拔き食む間に逃げ行きき。 且(また)、後に、其の八くさの雷神に、千五百(ちいほ)の黄泉軍(よもついくさ)を副(そ)えて追わしめき。 爾くして御佩(みはか)せる十拳の劍を拔きて、後手(しりえで)に布(ふ)伎(き)都(つ)都(つ)【此の四字は音を以ちてす】逃げ來たるを猶お追う。 黄泉比良(よもつひら)【此の二字は音を以ちてす】坂の坂本に到りし時、其の坂本に在りし桃の子(み)三箇を取りて持ち撃てば、悉く (に)げ返りき。 爾くして伊邪那岐の命、桃の子に、「汝、吾を助けし如く、葦原の中つ國に所有(あらゆ)る宇(う)都(つ)志(し)伎(き)【此の四字は音を以ちてす】青人草(あおひとくさ)の苦しき瀬に落ちて患(うれ)え惚(なや)む時、助く可し」と告げて、名を賜いて意富加牟豆美(おほかむづみ)の命【意より美までは音を以ちてす】と號す。
最後(いやはて)に其の妹伊邪那美の命、身自ら追い來たりき。 爾くして千引石(ちびきのいわ)を其の黄泉比良坂(よもつひらさか)に引き塞(ふさ)ぎて、其の石を中に置き、おのおの對(む)き立ちて、事戸(ことど)度(わた)す時、伊邪那美の命言いしく、「愛しき我が那勢の命、如此(かく)爲せば、汝が國の人草を一日(ひとひ)に千頭(ちがしら)絞(くび)り殺さん」。 爾くして伊邪那岐の命、「愛しき我が那邇妹の命、汝が然(しか)爲せば、吾は一日に千五百(ちいほ)の産屋(うぶや)を立てん」と詔りき。 是を以ちて一日に必ず千人(ちたり)死に、一日に必ず千五百人(ちいほたり)生まるるなり。 故、其の伊邪那美の神の命を號(なづ)けて黄泉津大神(よもつおおかみ)と謂う。 また云う、其の追い斯(し)伎(き)斯(し)【此の三字は音を以ちてす】を以ちて道敷大神(ちしきのおおかみ)と號す。 また其の黄泉坂(よみのさか)を塞(さや)げる石を道反(ちがえし)の大神と號す。 また、塞(さや)り坐(ま)す黄泉戸(よみど)の大神と謂う。 故、其の所謂る黄泉比良坂は、今謂う出雲の國の伊賦夜坂(いぶやざか)なり。
是を以ちて伊邪那伎の大神、「吾は伊(い)那(な)志(し)許(こ)米(め)志(し)許(こ)米(め)岐(き)【此の九字は音を以ちてす】穢(きたな)き國に到りて在り祁(け)理(り)【此の二字は音を以ちてす】 故、吾は御身(みみ)の禊(みそぎ)爲(せ)ん」と詔りて、竺紫(ちくし)の日向(ひむか)の橘の小門(おど)の阿波岐(あはき)【此の三字は音を以ちてす】原に到り坐して、禊祓(みそぎ)しき。
故、投げ棄(う)つる御杖に成れる神の名は衝立船戸(つきたつふなと)の神。 次に投げ棄つる御帶に成れる神の名は、道の長乳齒(ながちは)の神。 次に投げ棄つる御嚢(ふくろ)に成れる神の名は、時量師(ときはからし)の神。 次に投げ棄つる御衣(みけし)に成れる神の名は、和豆良比能宇斯能(わづらひのうしの)神【此の神の名は音を以ちてす】。 次に投げ棄つる御褌(みはかま)に成れる神の名は、道俣(ちまた)の神。 次に投げ棄つる御冠に成れる神の名は、飽咋之宇斯能(あきぐひのうしの)神【宇より下の三字は音を以ちてす】。 次に投げ棄つる左の御手の手纒(たまき)に成れる神の名は、奧疎(おきざかる)の神【奧を訓みて淤(お)伎(き)と云う。下、此に效え。疎を訓みて奢(ざ)加(か)留(る)と云う。下、此に效え】。 次に奧津那藝佐毘古(おきつなぎさびこ)の神【那より下の五字は音を以ちてす。下、此に效え】。 次に奧津甲斐辨羅(おきつかひべら)の神【甲より下の四字は音を以ちてす。下、此に效え】。 次に投げ棄つる右の御手の手纒(たまき)に成れる神の名は、邊疎(へざかる)の神。 次に邊津那藝佐毘古(へつなぎさびこ)の神。 次に邊津甲斐辨羅(へつかひべら)の神。 右の件の船戸の神より下、邊津甲斐辨羅の神より前の十二(とおあまりふたはしら)の神は、身に著けたる物を脱ぎしに因りて生める神なり。
是に、「上つ瀬は瀬速し。 下つ瀬は瀬弱し」と詔りて、初めて中つ瀬に堕(お)ち迦(か)豆(づ)伎(き)て滌(すす)ぐ時に成り坐せる神の名は、八十禍津日(やそまがつひ)の神【禍を訓みて摩(ま)賀(が)と云う。下、此に效え】。 次に大禍津日(おおまがつひ)の神。 此の二(ふたはしら)の神は、其の穢れ繁(しげ)き國に到りし時、汚垢(けが)れしに因りて成れる神なり。 次に其の禍(まが)を直さんと爲(し)て成れる神の名は、神直毘(かむなおび)の神【毘の字は音を以ちてす。下、此に效え】。 次に大直毘(おおなおび)の神。 次に伊豆能賣(いづのめ)【并せて三神なり。伊より下の四字は音を以ちてす】。 次に水底(みなそこ)に滌ぎし時に成れる神の名は、底津綿津見(そこわたつみ)の神。 次に底筒之男(そこづつのお)の命。 中に滌ぎし時に成れる神の名は、中津綿津見(なかわたつみ)の神。 次に中筒之男(なかづつのお)の命。 水の上に滌ぎし時に成れる神の名は、上津綿津見(うへつわたつみ)の神【上を訓みて宇(う)閇(へ)と云う】。 次に上筒之男(うへつつのお)の命。 此の三柱の綿津見の神は、阿曇連(あづみのむらじ)等が祖神(おやがみ)と伊(い)都(つ)久(く)神なり【伊より下の三字は音を以ちてす。下、此に效え】。 故、阿曇連(あづみのむらじ)等は、其の綿津見の神の子、宇都志日金拆(うつしひかなさく)の命の子孫(あなすえ)なり【宇都志の三字は音を以ちてす】。 其の底筒之男の命、中筒之男の命、上筒之男の命の三柱の神は、墨江の三前(みさき)の大神なり。 是に左の御目を洗う時に成れる神の名は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)。 次に右の御目を洗う時に成れる神の名は月讀(つくよみ)の命。 次に御鼻を洗う時に成れる神の名は、建速須佐之男(たけはやすさのお)の命【須佐の二字は音を以ちてす】。 右の件の八十禍津日の神より下、速須佐之男の命より前、十四柱の神は、御身を滌ぎしに因りて生れたるなり
此の時に伊邪那伎の命、大いに歡喜(よろこ)びて、「吾は子を生み生みて、生みの終(すえ)に三はしらの貴き子を得たり」と詔りて、即ち其の御頚珠(みくびたま)の玉の緒、母(も)由(ゆ)良(ら)邇(に)【此の四字は音を以ちてす。下、此に效え】取り由(ゆ)良(ら)迦(か)志(し)て、天照大御神に賜いて、「汝が命は高天原(たかあまはら)を知らせ」と詔りて、事依(ことよ)させ賜いき。 故、其の御頚珠の名を御倉板擧(みくらたな)の神【板擧を訓みて多(た)那(な)と云う】と謂う。 次に月讀の命に、「汝が命は夜之食國(よるのおすくに)を知らせ」と、詔りて事依しき【食を訓みて袁(お)須(す)と云う】。 次に建速須佐之男の命に、「汝が命は海原(あまはら)を知らせ」と、詔りて事依しき。
故、各(おのおの)依(よ)さし賜いし命(みことのり)の隨(まにま)に知らし看(め)せる中に、速須佐之男の命、命(みことのり)させし國を治(しら)さずて、八拳須(やつかひげ)心前(こころさき)に至るまで啼(なき)伊(い)佐(さ)知(ち)伎(き)【伊より下の四字は音を以ちてす。下、此に效え】。 其の泣く状(さま)は青山を枯山(かれやま)の如く泣き枯らし、河海は悉く泣き乾しき。 是を以ちて惡しき神の音(こえ)、狹蝿(さばえ)の如く皆な滿ち、萬(よろず)の物の妖(わざわ)い悉(ことごと)く發(おこ)りき。 故、伊邪那岐の大御神、速須佐之男の命に、「何の由(ゆえ)にか汝が事依さえし國を治らさずて哭き伊(い)佐(さ)知(ち)流(る)」と詔らししかば、爾くして答えて、「僕(やつがれ)は妣(はは)の國、根之堅州國(ねのかたすくに)に罷(まか)らんと欲うが故に哭く」と白(もう)しき。 爾くして伊邪那岐の大御神、大いに忿怒(いか)りて、「然あらば汝は此の國に住む可からず」と、詔りて、乃ち神(かむ)夜(や)良(ら)比(ひ)爾(に)夜(や)良(ら)比(ひ)賜いき。【夜より下の七字は音を以ちてす】 故、其の伊邪那岐の大神は、淡海(おうみ)の多賀に坐(いま)す。 ————————
[黃泉國的再會]
一.伊邪那岐入幽境
伊邪那岐欲見其妹伊邪那美命,遂追往黃泉國.方伊邪那美命自殿騰戶出向之時,伊邪那岐命詔:「親親吾妻,吾與汝所作之國未畢,故望汝歸返!」伊邪那美命答:「憾哉,君不速來!妾已於黃泉戶喫食黃泉火所煉之食矣!然,親愛吾夫特此來訪,誠惶恐之至,故妾亦欲歸,且令妾與黃泉神相論,此時內切莫視妾!」伊邪那美如此答而還入其殿內. 伊邪那美歸殿中,久而未返.伊邪那岐甚久難待,取髮疏,折一齒作燭火,遂入殿中,而所以見者,乃伊邪那美命之腐爛軀也.其屍有蛆滿佈,更有雷鳴吼發.觀其伊邪那美者, 於其頭有大雷居, 於其胸有火雷居, 於其腹有黑雷居, 下陰者有拆雷居, 於左手者居若雷, 於右手者居土雷, 於左足者有鳴雷居, 而右足者有伏雷居,於此併有八柱雷神繞纏其身. 伊邪那岐命既視此狀而見畏逃還.伊邪那美見其夫之狀,遂怒斥:「汝之狀者甚辱妾!」,即命黃泉醜女追捕其夫. 爾伊邪那岐命取黑御鬘投棄,乃生山葡,趁其黃泉醜女取食之間逃行. 醜女猶追,伊邪那岐復折梳之一齒投棄,地乃生筍,又於醜女拔食之間逃行.
二.黃泉比良坂
且後,伊邪那美命復令八雷神率千五百黃泉軍追之,故伊邪那岐拔所配十拳劍揮舞而逃. 直至現世黃泉根國之界,名黃泉比良坂時,伊邪那岐命取其地所生桃子三箇持擊,黃泉之軍悉為撤退.於是伊邪那岐令詔桃等:「若葦原中國之人草遭落苦瀨而患惚時,願汝可如今助吾之狀助告!」遂以賜其名號,曰意富加牟豆美命. 最後,其妹伊邪那美命身自追來焉.伊邪那岐命遂舉千引之石,以石封塞黃泉比良坂.伊邪那岐命更將為誓,以絕夫婦之緣. 故,伊邪那美命言:「親愛吾夫,汝不顧夫婦情義,為如此者,妾必日日絞殺汝國人草千頭!」伊邪那岐答:「既此,吾將日建千五百產屋!」是以葦原中國一日必千人死,千五百人生也. 此後,伊邪那美命封黃泉津大神.又,因僅其神能追至伊邪那岐,遂亦名道敷大神. 而所以閉塞黃泉比良坂之千引石者,封作道反之大神,亦稱塞坐黃泉戶大神也. 其所記之黃泉比良坂者,今出雲國之伊賦夜坂是也.
[小戶阿波岐原]
一.伊邪那岐命禊祓
自黃泉國逃返之後,伊邪那岐命詔:「吾者到於嫌醜目醜目污穢不快之國,故,吾者當為御身之禊!」是以到筑紫日向橘小戶阿波岐原而禊祓也.遂於此褪卻其衣. 首,其所投棄之御杖所生之神,名衝立船戶神, 次,道之長乳齒神自其所投棄之御帶出, 時,量師神自所投棄之御囊成, 所投棄之御衣者,現和豆良比能宇斯能神, 又,投棄之御褌中,現道岐神, 尚,棄投之御冠,生飽咋之宇斯能神. 次,所投棄之左御手御環現神三:奧疏神,奧津那藝左毘古神,奧津甲裴弁羅神三柱坐也. 為棄右御手之御環者:邊疏神,邊津那藝左毘古神,邊金甲裴弁羅神三神生. 以上自衝立船戶神至邊津甲裴弁羅神等,併十二柱皆因脫其御著身之物所生. 伊邪那岐命詔之:「上游者湍急,下游者平緩.」故初於中游淨滌御身, 此所現之神二,八十禍津日神,大禍津日神.此二禍神者,到污穢國時,因身著垢所成之神也. 而為除前二神之禍,所現之神三,神直毘神,大直毘神,伊豆能賣神坐也. 次,於水底滌時,所成神二,底津綿津見神,底筒之男命. 於水中滌時,有中津綿津見神,中筒之男命現. 而上津綿津見神,上筒之男命二神者,乃於水面滌時所現神者. 此三柱綿津見神者,阿曇連等所祭之祖神也,三神併稱綿津見大神.其阿曇連等者,綿津見大神之子-宇都志日金拆命之子孫也. 其底筒之男命,中筒之男命,上筒之男命,此三柱神併稱住吉三神,是乃墨江住吉神社所祀三前神,名墨江之大神也.
二.最後的三貴子
方伊邪那岐命洗御左目,所生之神,天照大御神; 次,潔右御目時,現月讀命, 再次,淨其御鼻之時,所成神名,建速須佐之男命. 而上件八十禍津日神以下,建速須佐之男命以前十四柱神者,因滌其御身所生者也. 時其伊邪那岐命大歡喜詔:「吾者生生眾子而得汝三貴子.」是取御頸上勾玉所串之頸珠,振搖令鳴而賜於天照大御神,並詔:「汝命者,所治高天原矣.」故,其御頸珠名,御倉板舉之神. 其次,詔月讀命:「汝命者,所治夜之食原也.」,依言而賜夜原為治. 終,又詔建速須佐之男命:「海原者,令為汝命所治.」亦依言賜國. 雖天照月讀各依賜命而治其父所託之國.然,須佐之男命者,不治海原,終日哭泣至於鬚垂胸前.視其泣狀者,令青山如枯山泣枯,河海者悉泣乾而涸.是以惡神之音,如五月蠅充斥,災禍因是悉發. 於是伊邪那岐命詔問須佐之男:「何由以汝不治所託之國而終日哭泣若此?」建速須佐之男命答詔:「僕者欲往母所居根之堅洲國,故哭.」 伊邪那岐命聞言,乃大忿怒,是以詔:「然者,汝不可住此國!」遂即逐放須佐之男命.故其伊邪那岐大神者,坐淡海之多賀也.
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