%@LANGUAGE="VBSCRIPT" CODEPAGE="936"%>
【中日对照】天才の出るまえ/未有天才之前(鲁迅) - 新世界日语
|
 |
 |
日语 >> 资料 >> 阅读 >> 【中日对照】天才の出るまえ/未有天才之前(鲁迅) |
|
|
| 【中日对照】天才の出るまえ/未有天才之前(鲁迅) |
| 发表时间:2008-2-1 12:30:00 点击:
[网友评论 条] [字号:大 中 小] |
|
天才の出るまえ ――一九二四年一月十七日北京師範大学附属中学校友会での講演――
私の話が、諸君にとって有益であったり、面白かったりすることはないということは、私、自分でも感じております。と申しますのは、私は実際になにも知らないからであります。けれども、何だかだと、あまり長くひきのばしてしまったので、とうとうここで、一席おしゃべりをしなければならぬことになったわけです。 私の見るところでは、現在、多くの人々の文芸界にたいする要望の声の中で、もっとも盛んなのは、やはり天才の誕生を求める声である、といってよいのではないかと思います。ということはまた、逆に二つのことをはっきりと証明してもおります。そのひとつは、中国には、いまのところ、ひとりの天才もいないということ、ふたつには、人々が現在の芸術にあきたらずにいるということであります。それでは、天才は、結局、いるものでしょうか。いるかもしれないとしてみましょう。しかしながら、私たちにしろほかの人たちにしろ、誰一人としてその人を見たものはありません。もしも、見聞きしたことにもとづいていえば、いないといえましょう。天才ばかりか、天才を育てることのできる民衆も。 天才は、決して密林や荒野の中にひとりで生れ、ひとりで育つ怪物ではありません。天才を育てることのできる民衆が生みだし、育てるものであります。ですから、このような民衆がいなければ、天才はいないのです。かつて、ナポレオンが、アルプス越えをしたときに、こういったことがあります。「余は、アルプスよりも高い!」これは、なんと勇ましく偉大な言葉でありましょう。しかしながら、彼のうしろには、おおぜいの兵士が随(したが)っていることを忘れてはなりません。もしも、兵士がいなかったならば、彼は山の向こう側の敵に捉えられるか、追い返されるか、そのどちらかであります。そして、彼の行動や言葉は、すべて英雄の限界からはずれて、気違いの部類に入れられねばならないでしょう。それで、私は思うのですが、天才の誕生を要望する前に、まず天才を育てることのできる民衆をこそ要望すべきなのであります。――たとえば、喬木(きょうぼく)がほしい、美しい花が見たいと思うなら、かならずよい土が必要です。土がなければ、花も木もないのです。したがって、土は、実に花や木よりも、もっと重要なわけです。花や木に土が必要であるということは、ちょうど、ナポレオンに立派な兵士が必要であるというのと、同じことであります。 しかしながら、現在の社会の論調と趨勢(すうせい)は、一方では、むろん天才を要望しておりながら、他方では、彼を亡くそうとしており、それを生みだすもとになる土すらも一掃しようとしているのです。ひとつふたつ例を挙げて説明してみましょう。 そのひとつは、「古典の整理」ということであります。新思潮は、中国に到来して以来、実は、何ほどの力も持っていないのです。それにもかかわらず、一群の老人連、それに青年たちまでが、腑抜けのようになって、古典古典と騒ぎ立て、「中国には、もともと多くの立派なものがあり、まだ何ひとつとして整理、保存もされていないというのに、それを棄てて新しいものを求めるとは、正に祖先の遺産を放棄するも同然な、不肖のふるまいである」と、こう申しております。祖先をかつぎ出して説法するのですから、むろん、きわめて威厳があります。しかし、私は、古い羽織を洗って畳んでしまうまでは、新しい羽織をこしらえることはできない、といった説は、決して信じておりません。現状について申しますれば、何かをやることは、もともと各人の自由であります。老先生が古典を整理したいならば、もちろん南向きの窓の下に坐りこんで、死んだ書物を読まれるのは一向に差支えないでしょう。しかし、青年にはおのずから青年の生きた学問や新しい芸術があるのですから、各人がめいめい自分のしたいことをするのは、ちっともかまわないはずであります。だが、もしも、この「古典の整理」という旗をかつぎ出して号令をかけようとするなら、それは、とりもなおさず、中国を永久に世界から隔絶させようとするものであります。もしも、皆が、これでなければならぬなどというなら、それはいよいよもってのほかのことです。私どもが、骨董屋と雑談などしておりますと、彼は、いうまでもないことですが、きまって彼の骨董の自慢をいたします。けれども、彼は、決して、画家や、百姓や、職人たちのことを、祖先を忘れたものだなどと痛罵したりはしません。彼は、実際、おおくの国学者連中より、はるかに聡明であります。 つぎには、「創作を崇拝する」ということであります。表面的には、これは、天才を要求することと、ぴったり歩調が合っているかのように見えますが、実はそうではありません。その精神の中には、外来思想や異国情緒を排斥する分子が多分に含まれております。ですから、これまた、中国を世界の潮流から隔絶させるものであります。おおくの人たちは、トルストイとか、ツルゲーネフとか、ドストエフスキイとかいった名を、聞きあきております。では、彼らの著作の、いったい何が中国に翻訳されましたか。眼を一国の中に閉じこめてしまって、ピーターとかジョンとかは、聞いただけでもうんざりする、どうしても張三(ちゃんさん)とか李四(りーすー)でなければいけないというのです。そこで創作家が出てくるわけですが、実際のところ、その中の上手な人ですら、やはり外国の作品の技術や精神からいくらかは盗み取らないわけにはいかない有様です。文章は美しいかもしれないが、思想の面では翻訳品に追いつかないということは、珍しくありません。甚だしいのになると、その上に、伝統思想を付け加えて、中国人の旧弊な悪癖に調子を合わそうとさえいたします。そして読者は、それらの虜(とりこ)となり、視野は次第にせまくなって、再び昔の殻の中にひっこんでしまわんばかりになってしまうのです。こうして、作者と読者とが、お互いに因となり果となって、異流を排斥し、国粋をかつぎ上げているようなことで、どうして、天才が生まれましょうか。たとい、生まれたところで、生きてはいかれますまい。 こんな気風の民衆は、埃です。土ではありません。そんなところで、美しい花や、立派な気などが、育つものではありません それから、もうひとつは、悪意の批評です。人々が批評家の出現を要望してから、もう久しくなりますが、いまや、おおぜいの批評家が出てまいりました。しかし、残念なことには、かれらの中の大半は不平家であって、批評家ではありません。かれらは、作品が目の前にきたかと思うと、憎悪をこめて墨をすり、たちどころに高明きわまりない結論を下して、「ああ、幼稚きわまる。中国は天才を求めている」と、やるのです。後になると、批評家でないものまでが、聞きかじりで、同じように叫びだします。ところが実は、たとい天才でも、生れ落ちたときの第一声は、普通の赤ん坊と同じように、オギャア、オギャアであります。決して初めっから立派な詩ではないのです。もともと幼稚なのですから、真向から痛めつけられると、ついには枯れ死んでしまうこともあるでしょう。私は、彼らに罵倒されて、ふるえあがっていた作家を、何人もこの眼で見たことがあります。そうした作家たちは、むろん、天才ではないのでしょう。けれども、私としては、凡人をも伸ばしてやりたいと希望するのです。 悪意の批評家は、幼い苗の畠の上に馬を走らせているのです。それは、もちろん、この上もなく気持ちよいことでしょう。しかしながら、災難に遭うのは、幼い苗――普通の苗と天才の苗なのであります。幼いものがすでに出来上がったものに対するのは、子供が老人に対するようなもので、決して恥辱でもなんでもありません。作品も、同じことで、はじめは幼稚であっても、なにも恥じることはないのです。と申しますのは、もしも乱暴にさえ遭わなければ、彼は成長し、成熟して、老成するでしょうから。ただし、老衰と腐敗ばかりは、何とも手のほどこしようがありませんが。私、考えますのに、幼稚な人にせよ、あるいは出来上がった人にせよ、もしも幼稚な心をもっているとすれば、幼稚なことしかいえないわけですが、ただどうしても自分が言いたいから言い、そして言ってしまえば、まあせいぜい印刷に付して出してしまえば、それで我事おわれりで、もう批評がどんな旗じるしを振りかざしてこようと、全然取り合わなくともいいのです。 ここにおいでの諸君にしても、十中の九までは、おそらく、天才の誕生を望んでいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、現状はこうなのであります。天才を生むことが難しいばかりか、天才を培養する土さえも、得ることが難しいのです。思うに、天才の大半は、天賦のものでありましょう。しかし、この天才を培養する土なら、お互い誰にでもなれるだろうと思います。土になることの効果は、天才を要望するより、もっと切実であります。それでなければ、たとい、何千、何百という天才がいたとしても、土がないために、ちょうど皿に盛られたもやしのような具合に、伸びることはできないのであります。 土となるためには、精神を拡大して、つまり、新しい思想をとりいれ、旧套(きゅうとう)を脱して、将来、生まれるであろう天才を受け入れ、理解することができるようにならなければなりません。また、些細な仕事をいやがってはいけません。つまり、創作のできる人は、もちろん創作をやればいいし、そうでない人は、翻訳するなり、紹介するなり、鑑賞するなり、読むなり、見るなり、閑つぶしをするなり、何だってかまいません。文芸を、閑つぶしの道具にするなどと申しますと、なんだかおかしく聞こえましょうが、天才を傷つけるよりは、結局、はるかに勝っておりましょう。 土を天才に較べたら、むろん、比較にも何にもなるものではありませんが、よほど我慢づよい人でなければ、その土になることすら、なかなか難しいでしょう。、しかし、人にその意思さえあればできることであって、ふところ手して天賦の天才を待っているよりは、確実性があります。この点こそ、土の偉大なところであり、また、かえって、大いに希望のもてるところでもあります。その上、報酬まであります。たとえば、美しい花が、土の中から生まれでたといたしますと、それを眺める人が、喜んで鑑賞するであろうことは、いうまでもありませんけれども、土もまた喜んで鑑賞することができるのです。決して、花それ自身にしか、恍惚としたうれしい気持ちになれないというわけのものではないのであります――もっとも、これは、土にも霊魂があると仮定しての話ですが。
未有天才之前〔1〕 ——一九二四年一月十七日在北京 师范大学附属中学校友会讲
我自己觉得我的讲话不能使诸君有益或者有趣,因为我实在不知道什么事,但推托拖延得太长久了,所以终于不能不到这里来说几句。 我看现在许多人对于文艺界的要求的呼声之中,要求天才的产生也可以算是很盛大的了,这显然可以反证两件事:一是中国现在没有一个天才,二是大家对于现在的艺术的厌薄。天才究竟有没有?也许有着罢,然而我们和别人都没有见。倘使据了见闻,就可以说没有;不但天才,还有使天才得以生长的民众。 天才并不是自生自长在深林荒野里的怪物,是由可以使天才生长的民众产生,长育出来的,所以没有这种民众,就没有天才。有一回拿破仑过Alps 山〔2〕,说,“我比Alps山还要高!”这何等英伟,然而不要忘记他后面跟着许多兵;倘没有兵,那只有被山那面的敌人捉住或者赶回,他的举动,言语,都离了英雄的界线,要归入疯子一类了。所以我想,在要求天才的产生之前,应该先要求可以使天才生长的民众。——譬如想有乔木,想看好花,一定要有好土;没有土,便没有花木了;所以土实在较花木还重要。花木非有土不可,正同拿破仑非有好兵不可一样。 然而现在社会上的论调和趋势,一面固然要求天才,一面却要他灭亡,连预备的土也想扫尽。举出几样来说: 其一就是“整理国故”〔3〕。自从新思潮来到中国以后,其实何尝有力,而一群老头子,还有少年,却已丧魂失魄的来讲国故了,他们说,“中国自有许多好东西,都不整理保存,倒去求新,正如放弃祖宗遗产一样不肖。”抬出祖宗来说法,那自然是极威严的,然而我总不信在旧马褂未曾洗净叠好之前,便不能做一件新马褂。就现状而言,做事本来还随各人的自便,老先生要整理国故,当然不妨去埋在南窗下读死书,至于青年,却自有他们的活学问和新艺术,各干各事,也还没有大妨害的,但若拿了这面旗子来号召,那就是要中国永远与世界隔绝了。倘以为大家非此不可,那更是荒谬绝伦!我们和古董商人谈天,他自然总称赞他的古董如何好,然而他决不痛骂画家,农夫,工匠等类,说是忘记了祖宗:他实在比许多国学家聪明得远。 其一是“崇拜创作”〔4〕。从表面上看来,似乎这和要求天才的步调很相合,其实不然。那精神中,很含有排斥外来思想,异域情调的分子,所以也就是可以使中国和世界潮流隔绝的。许多人对于托尔斯泰,都介涅夫,陀思妥夫斯奇〔5〕的名字,已经厌听了,然而他们的著作,有什么译到中国来?眼光囚在一国里,听谈彼得和约翰〔6〕就生厌,定须张三李四才行,于是创作家出来了,从实说,好的也离不了刺取点外国作品的技术和神情,文笔或者漂亮,思想往往赶不上翻译品,甚者还要加上些传统思想,使他适合于中国人的老脾气,而读者却已为他所牢笼了,于是眼界便渐渐的狭小,几乎要缩进旧圈套里去。作者和读者互相为因果,排斥异流,抬上国粹,那里会有天才产生?即使产生了,也是活不下去的。 这样的风气的民众是灰尘,不是泥土,在他这里长不出好花和乔木来! 还有一样是恶意的批评。大家的要求批评家的出现,也由来已久了,到目下就出了许多批评家。可惜他们之中很有不少是不平家,不像批评家,作品才到面前,便恨恨地磨墨,立刻写出很高明的结论道,“唉,幼稚得很。中国要天才!”到后来,连并非批评家也这样叫喊了,他是听来的。其实即使天才,在生下来的时候的第一声啼哭,也和平常的儿童的一样,决不会就是一首好诗。因为幼稚,当头加以戕贼,也可以萎死的。我亲见几个作者,都被他们骂得寒噤了。那些作者大约自然不是天才,然而我的希望是便是常人也留着。 恶意的批评家在嫩苗的地上驰马,那当然是十分快意的事;然而遭殃的是嫩苗——平常的苗和天才的苗。幼稚对于老成,有如孩子对于老人,决没有什么耻辱;作品也一样,起初幼稚,不算耻辱的。因为倘不遭了戕贼,他就会生长,成熟,老成;独有老衰和腐败,倒是无药可救的事!我以为幼稚的人,或者老大的人,如有幼稚的心,就说幼稚的话,只为自己要说而说,说出之后,至多到印出之后,自己的事就完了,对于无论打着什么旗子的批评,都可以置之下理的! 就是在座的诸君,料来也十之九愿有天才的产生罢,然而情形是这样,不但产生天才难,单是有培养天才的泥土也难。我想,天才大半是天赋的;独有这培养天才的泥土,似乎大家都可以做。做土的功效,比要求天才还切近;否则,纵有成千成百的天才,也因为没有泥土,不能发达,要像一碟子绿豆芽。 做土要扩大了精神,就是收纳新潮,脱离旧套,能够容纳,了解那将来产生的天才;又要不怕做小事业,就是能创作的自然是创作,否则翻译,介绍,欣赏,读,看,消闲都可以。以文艺来消闲,说来似乎有些可笑,但究竟较胜于戕贼他。 泥土和天才比,当然是不足齿数的,然而不是坚苦卓绝者,也怕不容易做;不过事在人为,比空等天赋的天才有把握。这一点,是泥土的伟大的地方,也是反有大希望的地方。而且也有报酬,譬如好花从泥土里出来,看的人固然欣然的赏鉴,泥土也可以欣然的赏鉴,正不必花卉自身,这才心旷神怡的——假如当作泥土也有灵魂的说。
〔1〕 本篇最初发表于一九二四年北京师范大学附属中学《校友会刊》第一期。同年十二月二十七日《京报副刊》第二十一号转载时,前面有一段作者的小引:“伏园兄:今天看看正月间在师大附中的演讲,其生命似乎确乎尚在,所以校正寄奉,以备转载。二十二日夜,迅上。” 〔2〕 Alps山 即阿尔卑斯山,欧洲最高大的山脉,位于法意两国之间。拿破仑在一八○○年进兵意大利同奥地利作战时,曾越过此山。 〔3〕 “整理国故” 当时胡适所提倡的一种主张。胡适在一九一九年七月就鼓吹“多研究些问题,少谈些主义”;同年十二月他又在《新青年》第七卷第一号《“新思潮”的意义》一文中提出“整理国故”的口号。一九二三年在北京大学《国学季刊》的《发刊宣言》中,他更系统地宣传“整理国故”的主张,企图诱使知识分子和青年学生脱离现实的革命斗争。本文中所批评的,是当时某些附和胡适的人们所发的一些议论。 〔4〕 “崇拜创作” 根据作者后来写的《祝中俄文字之交》(《南腔北调集》),这里所说似因郭沫若的意见而引起的。郭沫若曾在一九二一年二月《民铎》第二卷第五号发表的致李石岑函中说过:“我觉得国内人士只注重媒婆,而不注重处子;只注重翻译,而不注重产生。”他的这些话,是由于看了当年上海《时事新报》副刊《学灯》双十节增刊而发的,在增刊上刊载的第一篇是翻译小说,第二篇才是鲁迅的《头发的故事》。事实上,郭沫若也重视翻译,他曾经翻译过许多外国文学作品,鲁迅的意见也不能看作只是针对个人的。 〔5〕 托尔斯泰(1828—1910) 俄国作家。著有《战争与和平》、《安娜·卡列尼娜》、《复活》等。都介涅夫(1818—1883),通译屠格涅夫,俄国作家。著有小说《猎人笔记》、《罗亭》、《父与子》等。陀思妥夫斯奇(1821-1881),通译陀斯妥耶夫斯基,俄国作家。著有小说《穷人》、《被侮辱与被损害的》、《罪与罚》等。 〔6〕 彼得和约翰 欧美人常用的名字,这里泛指外国人。
|
|
|
|