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【中日对照】私と『語絲』との関係/我和《语丝》的始终(鲁迅《三闲集》)
发表时间:2008-5-27 15:18:00 点击:  [网友评论 ] [字号: ]

私と『語絲』との関係

 私が比較的ながく関係した雑誌は、まず『語絲』といえよう。
 おそらくそれが原因の一つでもあろうが、「正人君子」たちの雑誌では、私を前に「語絲派の主将」にしてくれたし、急進的な青年の書くものにさえ、いまでも私を『語絲』の「指導者」だといっている。去年、魯迅の悪口をいうのでなければ、自分で自分の没落をくいとめられないという風潮のころ、ある匿名氏から中間の部分の『山雨』(雑誌の名)が二冊送ってきた。開いてみると、その中に短い文章があって、それにこういっていた、私と孫伏園(すんふーゆあん)君とが北京で晨報館(新聞社の名)に圧迫され、『語絲』を創刊したが、いざ自分で編集をする段になると、寄稿してきた原稿のあとに、勝手に批評をつけて、作者の原意を曲解し、他の作者を圧迫した、しかし孫伏園君は大へん立派な議論をするのだから、今後魯迅は、伏園のいうとおりにしなければならぬと。きくところでは、署名は二字の別名になっているけれども、張孟聞(ちゃんもんうぇん)氏の文章だとのことである。ちょっと見るとその雑誌は大勢でやっているように見えるが、実は一人か二人でやっていた、こういったことは現在もざらにある。
 もちろん、「主将」とか「指導者」というのは、何も悪い呼び方ではなく、晨報館に圧迫されるというのも、別に恥じることではないし、老人が青年の忠告を受けることは、進歩の好現象であるのだから、なにも文句をいうすじ合いはない。しかし、「思いがけぬ名誉」は「思いがけぬ毀傷(いたで)」と同じようにやりきれないものだ、たとえばいままで一兵半卒も率いたことのない人が、誰かにうやうやしく、「あなたはまるでナポレオンのようです!」ともち上げられたとしたら、軍閥になろうと考えている未来の英雄でも、あまり気持はよくないであろう。私は決して自分が「主将」でないことは、先年もう声明しおいた――効果は大へん少なかったようだけれども――ここでちょっと書いておこうと思うが、それは私がこれまで晨報館から圧迫を受けたことはなく、また『語絲』は決して孫伏園(すんふーゆあん)氏と二人で始めたものでもなく、その創刊の功績は、伏園一人?*ⅳ护椁欷亭肖胜椁胜い长趣摔膜い皮扦ⅳ搿?BR> そのころ伏園は『晨報』副刊を編集していて、私は彼から個人的にたのまれて、原稿を寄せていたものだ。
 しかし私は大して原稿をかかなかった、そこである人は私が特約寄稿者で、原稿をどれだけ書こうが書くまいが、毎月とにかく三、四十元の手当てをもらっているという噂を立てた。私の聞いたところでは、晨報館には、確かにそういった飛切りの作家がいたようだが、私は決してその一人ではなく、ただ以前の師弟――僭越ながら、しばらくこの言葉をつかわせてもらう――関係からであろうが、大へん優遇されていたようだ。第一には原稿を送ると、すぐに発表された、第二には千字(中国では字数で原稿料がはらわれた)について二元乃至三元の原稿料を、毎月月末には大ていもらうことができた、第三にはほんの短い雑評でも、時には多少の稿料を送ってくれた。だがこのような好景気は決して長くは続かず、伏園の椅子は大へん危なくなってきた。というのはある留学生(不幸にして私は彼の名前を忘れてしまった)が新しく欧州から帰ってきたが、彼は晨報館と深い関係があった、副刊に大へん不満で、改革を加える決意をし、そして戦闘するために、早くも「学者」の指示をうけ、手はじめにAnatole Franceの小説を読んだ。
 その頃、フランス、ウェルズ、ショオといえば、中国では、ちょうど今年のシンクレアと同じように、大へんな威力をもっていて、文学青年を驚倒させるに十分であった。だから当時としては、形勢は実際、非常に重大であった。だが私はいま、その留学生がアナトール・フランスの小説をまず読み出してから、伏園(ふーゆあん)が興奮して私の家にやってくるまで、その期間が何ヵ月であったか、何日であったか、はっきりしたことは覚えていない。
「私は辞職しました。怪しからん!」
 これがある晩、伏園がたずねて来て、顔をみるといきなりいった言葉である。もともと前から予想はしていたことだから、驚くにはあたらなかった。次に、私は当然その辞職の原因について聞いてみなければならない、ところが思いがけないことに、私に関係していたのである。その留学生は伏園が外へ出た留守に、活版部へ行って私の原稿をぬいてしまった、それでいざこざが起って、とうとう辞職せねばならないことになったというのである。だが私はちっとも腹は立たなかった、というのがその原稿は『わたしの失恋』という題の、三節からなる打油詩(戯詩をいう)にすぎなかったからである。その頃「ああ、ああ、私は死にた<

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